たまりは、名古屋の味の記憶である。

 

こんにちは。
キッチン大友の加藤陽哉です。

キッチン大友の季刊誌、
名古屋の味を未来へつなぐ「TSUNAG特別号」より
ヤマミ醸造竹内会長様とのインタビューを
公開いたします。

 

「たまりは、名古屋の味の記憶である」

ヤマミ醸造 会長 竹内三之さん(以下竹内)× キッチン大友 加藤陽哉(以下加藤) 特別対談

■「八丁味噌のしずく」から始まったたまり醤油

加藤:竹内会長、今日はお時間ありがとうございます。まずは「たまり醤油とは何か」から伺えればと思います。

竹内:たまり醤油の起源は、八丁味噌を長期熟成させる過程で自然ににじみ出た、うま味の凝縮液。その特別な液体が「たまり」と呼ばれ、やがて独自の醤油として親しまれるようになりました。まさに、味噌のうま味が「溜まって」生まれた、濃厚で贅沢な一滴なのです。
加藤:それが、名古屋の郷土料理の味の土台を担うまでになった、たまり醤油のルーツなんですね。

■たまり醤油の定義と熟成の力

加藤:たまり醤油の定義をおしえてください。

竹内:たまり醤油には明確な定義はありません。しかし私どもの考える「たまり醤油」とは大豆の使用比率が原料の80%以上で、小麦は全く使わないか、非常に少ないかのどちらかです。これにより、アミノ酸含量が高く、うま味が豊かになる。また、半年〜約1年半の長期天然熟成が基本です。うちではじっくり熟成させてから出荷します。

加藤:今の時代に1年半も待つって、本当に贅沢な調味料ですよね。

竹内:確かに効率はよくありません。でも、熟成がなければたまりにはならない。早くつくっては「似たもの」はできても「本物の味」にはなりません。

■なぜ、愛知県半田でたまりが育まれたのか?

加藤:ヤマミ醸造さんは愛知県半田市に本社を構えていますが、なぜこの土地でたまりが育ったのでしょう?

竹内:理由は3つあります。
まず気候です。半田は温暖で適度な湿度がある発酵に理想的な地域。四季の寒暖差が、発酵と熟成のメリハリを与えてくれます。
次に水。たまり醤油の仕込みに使う水道水は、軟水でクセがなく、発酵に適している。これは味噌づくりにも通じるポイントです。
そして最大の理由が、大豆発酵文化の継承。八丁味噌をはじめとする豆味噌文化が根づいていた地域だからこそ、自然にたまりも発展したんです。

加藤:味噌とともに生きてきた土地、ということですね。

竹内:さらに、半田は江戸時代から「酒・酢・味噌」といった発酵産業が盛んな港町。原材料が手に入りやすく、物流も整っていた。つまり、風土・技術・商流の三拍子が揃っていたんです。

■香りの東京、うま味の名古屋

加藤:東京では濃口醤油が主流で、小麦の香ばしさと軽やかさが特徴的ですよね。

竹内:江戸前寿司や煮物など、キレと香りを大事にする料理に濃口が合っていた。対して、名古屋はうま味とコクを重ねる食文化。豆味噌・たまり・だし──この三重奏が郷土料理を支えてきたのです。

加藤:色こそ濃いけれど、塩分は意外と低いんですよね。

竹内:たまり醤油の塩分は、濃口醤油より低い。だから、ひつまぶしのタレやきしめんゆつ、刺身醤油のように、たっぷり使っても味に角が立たない。トロリとして舌に「ふわっ」とうま味が広がるのがたまりの真価です。

■たまり醤油が「忘れ去られる」時代を越えて

加藤:最近では「たまり」という言葉すら、若い世代には馴染みが薄くなってきています。

竹内:そうなんですよ。便利な濃縮だしや汎用のたれに置き換えられるようになった。だから、私たちがつくり続けているのは、単なる商品ではなく「文化」です。

■なぜ、ヤマミはたまりを作り続けるのか。

加藤:率直に伺います。非効率でニッチで受けいられにくい「たまり醤油」を、なぜ御社はやめずに作り続けているんですか?

竹内:3つあります。
ひとつは、土地の誇り。半田の水・空気・人が育んだたまりを、ここで絶やすわけにはいきません。
ふたつめは、食の未来のため。世界中が「うま味」「発酵」を見直しはじめた。たまりは、その文脈で再評価されるべき資産です。
三つめは、志のバトンをつなぐこと。私たちは原料や技術だけでなく、「想い」を次世代に手渡したい。それが、ヤマミがたまりを作り続ける理由です。

■名古屋の味は黒い一滴から始まる

加藤:私たちキッチン大友も、名古屋の郷土料理を調味料の切り口から伝えるべく「たまり醤油」の文化継承を日々取り組んでいます。

竹内:たまりは名古屋の味の「記憶」。黒くて静かな一滴に、先人の知恵と努力が詰まっています。

加藤:今日のお話で、たまりへの想いがいっそう強くなりました。今後も名古屋の文化をともに守っていければと思います。


黒く、濃く、深く。たまり醤油は、見た目の印象とは裏腹に、まろやかで滋味深く、名古屋圏の栄養と豊かさを支えてきた「縁の下の力持ち」だ。半田という土地が育んだその味は、決して偶然ではなく、気候・水・歴史の積み重ねの上に成り立っている。そして、その火を絶やさぬようにと語る竹内三之会長の言葉には、ひとつの調味料を超えた「文化への責任」があった。今こそもう一度、たまりを食卓の真ん中に。

 

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