加藤清正と味噌

肥後熊本城主として知られる名将・加藤清正。尾張中村・現在の名古屋市中村区出⾝の清正は幼くして同郷の豊⾂秀吉に仕え、戦国という過酷な時代を武功で駆け抜けました。彼は戦陣において優れた保存⾷である⾖味噌(⼋丁味噌)を重要視し、肥後⼊国後も籠城戦の備えとして味噌の⽣産を推奨したと⾔われています。

文禄・慶⻑の役の⻑期遠征では、兵⼠をいかに養うか、つまり「⾷」の確保が⽣死を分ける鍵でした。⾖味噌(⼋丁味噌)の味噌⽟は保存性にすぐれ兵⼠たちに貴重なタンパク源を供給し続けたと⾔われています。清正にとって⾖味噌(⼋丁味噌)は単なる⾷糧ではなく、故郷の温もりと戦を勝ち抜くための「最強の味⽅」だったのでしょう。

八丁味噌は、⼤⾖と塩のみを原料に⽊桶に職⼈の⼿で「⽯」を⾼く積み上げ、⼆夏⼆冬もの⻑期間じっくりと熟成させます。⼋丁味噌の産地、三河岡崎の⾼温多湿な気候に合わせ⽔分を極限まで少なく仕込む事で菌の繁殖を抑え優れた保存性に。籠城戦や⻑期遠征において兵⼠たちが効率よく栄養を摂り、活⼒を維持するのに最も適した貴重な兵糧だったのですね。

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